戦争回避

2003/03/14 (金)

 本来はあらためて言うまでもないことであるが、言わざるを得まい。
 イラクに対する大量殺りく兵器に関する査察の結果が黒だろうと白だろうと、一番大事なのは、戦争を回避する、ということだ。
 どんなに強力な兵器だろうが、使わなければ、誰も死なない。
 イラクが持っていたとしても、使わせなければ良いのだ。
 もちろん、それらの兵器を威嚇として使うこともあろう。
 だが、そんな威嚇に動じなければ良いだけの話だ。

 そして、世界的な世論も、けっこうアメリカの方針に反対する意見が強い。ところが、日本の大メディアは、「残念ながら、アメリカの攻撃はさけられない模様で...」と、神妙な顔つきでアナウンサー諸子が宣うが、そういう問題かい?やれるもんなら、大々的に反戦キャンペーンをやってみろ、ちゅうに。それとも、開戦したほうが、ネタが豊富になるってか?

 開戦したら、イラク兵のみならず、イラク市民、それにアメリカをはじめとする侵攻軍にもどれだけの被害が出ることか。もしもイラクが徹底抗戦を図れば、その戦車部隊が出てくるわけで、それに対してアメリカは、また劣化ウラン弾を使うだろう。その被害たるや...

 僕は先ほど、「景気をこれ以上悪化させたくなければ、不安材料のさいたるもののアメリカの対イラク攻撃を阻止せよ」という旨の自民党にメールを送った。そのかわり、毎週自民党のメルマガが送られることになる。

 繰り返す。大メディアが言うほど、アメリカの攻撃を世界が簡単に容認するとは思えない。まだ間に合う。まだ、止められる。


旧日記『つらづら草』より転載