訃報

 飲めない私に、行きつけのショットBARがあった。

 バイトしてた塾がある雑居ビルの地下にあった、『気まぐれジャングル』というBARで、大阪の堺にあった。
 塾が終わった後、仲間たちにつれられるように顔を出したのだが、そこのマスターはほんとうに魅力的な方だった。
 (ちなみに、学割として、学生はチャージ無料)

 そこは、お酒をほんとうに愛する方々のためのBARで、水割りを頼もうなら、きびしい表情をされる。
 そんな中で、お酒を飲めないのだからしかたないだろ!的に堂々と、『いつものカシスのカクテルで、
 うす〜く、うす〜く!』とお願いする私は、奇異な存在だったであろう。

 かつては、役者さんをしていたという経歴で、バイクが好きで、そしてサッカーを子ども立ちに教え、さらには、心理学を独学というか、私たちの母校のある先生のところに学びに行くなど、いろんな「顔」をお持ちで、それでいて、筋が通っていた。
 
 何かとふらふらしていた私が、しばらくぶりに顔を出しても、いつもと変わらぬように暖かく、それでいてきびしく迎えてくれた。

 その店では静かに、そして本音で語り合える場だった。
(一方、スーファミフォーメーションサッカー大会をよくやっていた)

 僕にとってのデモクラシーの原風景のひとつは、間違いなくそこだった。
 
 阪神淡路大震災のあと、(仕入れ先が神戸とかが多かったのかも)経営がきびしくなって、店を閉められたが、
 大学のサッカー部の監督をつとめておられると聴いてたし、その大学のサッカー部のサイトで、変わらぬ姿を見ては、お元気そうと思っていたのに。(http://www.geocities.jp/daifudaisoccer/camp2001hidaka.html)

 店の名前は『気まぐれジャングル』。マスターは、ターサンと呼ばれていた。

 ターサン、おつかれさま。そして、ありがとう。僕はまだ、生きてます。