土佐人魂
現在帰省中。母の初盆にあわせて。
親戚のみなさまのご協力を得て、無事に見送ることができた。
さきほど、供養のお菓子を川に流してきが、素足を川に浸したのはいつくらいぶりか。。。
キンと冷える心地よさが懐かしかった。
佐喜浜川ではなく鏡川であることが、母には申し訳ないけれど、またいずれ、いつの日か。。。
私はどうにか、母の最期に立ち会うことができた。
でも、最期だけ立ち会えた、とも言えるほど、それまでの選択はどうだったのか、いまだに思うところがある。
私の敬愛する大阪出身の方で、ルーツにわが故郷、高知がある方がいる。
その方は、「親の死に目に会えない」と言われる職種についておられる。
現に、昨年お祖母様を亡くされたときに傍にいられなかったとのことだ。
そしていま、ご自身のご両親の最期に立ち会うことができるのか、案じておられる。
いまの世の中、親元離れて暮らす方も多く、最期に立ち会えない人は多かろう。
でも、最初から「覚悟」として求められるのは、それはそれとして、相当に厳しいものがあると思う。
子どもの頃、空が好きだった僕は漠然とパイロットに憧れたりもしていたが、自身が遠洋漁業の船員だった父は、自由に身動きがとれない職種には否定的だったものだ。
以前、上岡龍太郎が、「映画において、やくざ物と、戦争物は反則や。なぜなら、人生においてもっとも劇的である、『死』のシーンが当たり前のようにあるから」と語っていた。
だが、死は当たり前のようにすぐ傍に、そして唐突に底にある(なればこそ、上岡は安直に扱うべきでない、と言っていたのだと思う)
その時以降、私が揺さぶられた作品の中でも、『ゴンゾウ』『VOICE -命なき者の声-』『ふたつのスピカ』など、「死」が扱われるものがある。
『ふたつのスピカ』では、田辺誠一演じる佐野が、「超新星」を引き合いに出して、遺志が受け継がれていくことを、桜庭ななみ演じる鴨川アスミに語りかけた。
実は私自身、子どもの頃同じことを考えていた。
星は爆発して一生を終えるが、それはまた、新しい星の原材料となる。
これは私にかぎらず、宇宙に興味をひかれた人ならば、誰しもが「!」となったのではなかろうか。
数日前、高知龍馬空港に降り立ったときに見上げた抜けるような、そして濃い色合いの青空。
大阪から高知に帰省する数日前、織田裕二さんの『All my treasures』*1の歌詞を読んでるだけで、涙が止まらなくなった。
この歌は、私がかねてから応援している、ラブハンドルズの溝下創さんによるものだ。
私が子どもの頃に見上げた空は、母が見上げた空と同じ色なんだろう。
それにしても、涙もろくなったものだ。
先日の佐野元春さんのライブ*2では『ダウンダウンボーイ』*3で涙が止まらなかった。それは決して懐メロではなく、よりシャープにアレンジされており、「いま」のRockとして、いまの私の魂を揺さぶった。
もう、何年前になるだろうか?Mississippi Rocket!のベース・ボーカルの方と話したことがある。
当時私は音楽を聞いていて、背筋がぞくぞくしたり、目頭が熱くなることはあっても、泣いたことがないかもしれない、と話す私に、彼女は音楽聞いて泣くことはよくありますよ、と語っていた。そんなことも思い出しながら、こういう時の涙って熱いもんなんだなと感じつつMotoたちのRockに身を委ねてみた。
私が敬愛する方と、互いに高知に縁がある、というのは偶然だろうし、本質的には関係ないこと。
それでも、なぜかしら心強く思える錯覚を大切にしたい。
ほんの少しのことでも、支えになったりする。
そのくらい、人は、自分は脆いのだろうと思う。
すぐに答えが出るものではない。
僕も。
その方も。
それでもただ、生き抜いていく。